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クサイ話

少し前、住宅が社会から家族、そして自分へと濃度を変えていくと書きました

そして随分前に下痢止めの話を少し書きました

そして今回はそれらに関連した、ちょっとクサイ話を少し

おそらく多くの方が体験されていると思われる話だと思うのですが

こんな経験はありませんか?

出先から自宅へ帰る途中、トイレに行きたいのですが

なんとか自宅までもたせたい・・・

まったく我慢できそうにない場合は 駅・店舗・公園など
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そんな選択するコトになるのですが

我慢してなんとか自宅まで帰ると決めている道中

「なんとか いけそうだな」と思っているそんな時

自宅に帰る道の最後の曲がり角、ここを曲がれば自宅が見えてくる

そんな場所で、かなりキツイ波が押し寄せてきたり

自宅の玄関が見えた! そんな時 ここにきて大きな波がこれでもかと・・・

それらをなんとか我慢して玄関を開けていると もう限界・・・

急いでトイレに駆け込んで座ったと同時に・・・

ぎりぎりセーフ!

クサイ話ですみませんが こんな経験、多くの方がされたコトがあるのではないでしょうか

もちろん私もそんな経験があります

そんな時に少し考えたのですが 本当に最後の数秒が遅れたら大変なコトになるくらい

ギリギリの状況だったのだろうかと・・・

帰ってくる途中でちょっと靴のヒモを縛りなおしていたら?

駅の改札でちょっと定期がカバンの中で見つからなかったりしたら?

本当に最後に大変な状況だったのだろうか

実はそんなコトはなくてちょっと寄り道しても結果は同じでは?とか

いや、考えようによっては寄り道してもなおトイレに駆け込む必要はなかったのでは?とか

そんな時 私なりに考えた内容を次回書いてみたいと思います

次回へ続くほどの話ではないのですが 書いていると長くなってしまったのでスミマセン
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by m-arch | 2010-04-28 11:13

無茶の仕方

つい先日、竣工したばかりの現場に行ってきました
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その現場は知り合いの先生の物件で私は図面を担当させていただきました

なので建築物の写真を載せるのは控えさせていただきますが

現在は少し残っている外構工事の途中でした

そこで施工された石積みの擁壁

昨今、外構の境界といったら 多いのが化粧ブロックあたりでしょうか

少し費用をかけてもコンクリートくらいでしょうか

本当は時間によって味が出てくる石積みや植栽あたりがいいのですが

費用やメンテナンスを考えると前者の施工に偏っていく傾向が多い様に思います

そういう自分もコンクリートブロックを使用する場面があるのですが

やはり目に付く部分は表情のよい材料をと 考えています

ですが外構だけの工事ではないので、なかなか大幅に費用をかけるのは難しいのです

街との接点である目の付きやすい場所だけでも そういった材料を使用するコトができれば
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街の雰囲気を少しずつでも変える力をもっていると考えています

下の写真は岐阜で撮った堤防です なかなか面白いきれいな堤防でした

このように1軒1軒が意識をもてば 町並みも改善されるのでしょうが

やっぱり1軒1軒のコトなのでなかなかムズカシイですね

いっそのこと法律で決めてしまったら・・・

「 法律で決まっていますので・・・」なんて言ってしまうコトもでき

皆さん法律に腹を立てながらも納得していただけそうですね

デタラメな話になっていますが

そんな無茶な強権でもないかぎり あまり一般の町並みには期待できそうにない現状です

現在ではとても存在を認められない無茶な王様が無茶した場所が

今では観光地になっていたりするので 無茶も仕方次第で結構面白いのでは?

デタラメにそんなコトを少し考えてみました
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by m-arch | 2010-04-20 16:44

最後の場所

以前、NHKのプロフェッショナルという番組で訪問看護士の話を取り上げていました

その方は 人生の最後は自分の家で という方を多く相手にされていました

こういう話は非常に難しく 私自身、的確に表現できる言葉を持っていないのですが
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以前より、私なりに少し感じていたコトがあったので

医療のプロではなく 建築の側のプロとして感じていたコトを少し

「 最後は自宅で 」 こういう気持ちはなんとなく多くのヒトが持っている気がします

私を含めて多くのヒトは いつ自分がいろいろな理由でなくなっても不思議ではない

と理論上は感じていると思います

病気、事故、トラブルなど理由はいろいろあります

ですが 私を含めてやっぱり多くのヒトは 80くらいまで歳をとって

なんとなくベッドの上で最後を迎える自分を考えているようにも思います

いくら一期一会だといっても 「 また明日 」なんてつい考えてしまいます

今日で人生が終わるかも・・・

深刻な病気になっていない方は日々をそんなモチュベーションでは生きていないと思います

その番組で訪問看護士の方が言われたコトなのですが

病院から自宅に戻られた方はとてもいい顔をされるそうです
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そこには多くの記憶や馴染みの景色、そして使い慣れたモノに囲まれているからなのでしょうか

その街は自分にとってテリトリーであり、その住宅は自分にとっての巣だからなのでしょうか

そして私は そんな巣とは自分そのものなのではないかと感じたりします

住宅は 社会という道路から家族という家へと質を変え

そして 家族という居間から自分というプライベートな空間へ となっていきます

その空間は社会から家族そして自分へと その濃度を変えていきます

そしてその空間は自分自身であり、自分だけの安心できる居場所として存在しているのじゃないかと・・・

そのヒトがそのヒトらしくいられる居場所というコトなのかな と感じます

住宅を設計するときに 自分だったらこの家のどこで最後を迎えたいかな

そんな考えもしてみます そんなシーンを想像してみたりするのです

そこでヒトが生まれて そこでなくなっていくと考えると 勝手に真剣になります

もちろん「 ここで最後を迎えるといいですよ 」とはいいませんが・・・
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by m-arch | 2010-04-15 17:25

季節の気づき

今年も桜の季節がやってきました
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この時期は近所にある五条川の桜並木が華やぐ、そんな季節です

ちょうど今頃は「 のんぼり洗い 」 がやっていました

こいのぼりの糊を五条川で洗い落とす、この地域の伝統行事です

季節感を感じるコトの少ない生活の中で、この桜並木は一年中さりげなくそれを与えてくれています

日常生活の中で季節感を感じるコトは、どれほどあるのでしょうか?

ビジネスとして宣伝される季節感は、たくさんありますが

その分野の季節感はどうも一種の仕掛けが過ぎて、季節というより社会行事の様に感じます

とはいえ、それはそれで盛り上がっているので、私も楽しんでいるのですが・・・

ただ、もっとさりげない季節の気づきみたいなものを楽しめる時間

そんな状況を設計者として生活の中で身近におこせたらいいな と感じています

「 庭の木に小さな葉が付いてきたよ 」そんな小さな季節の気づき

そんなコトを普段の生活で見て感じている、それって少し豊ではないでしょうか

それが何かの得になるというコトではないのですが

そんな時間が後に自分の中の風景として、ずっと影響を与えていく様に思います

そう考えると、そんなコトがこころのあり様には結構大切な気がします
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by m-arch | 2010-04-06 17:51