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もうひとつ軽井沢

ゴールデンウィークに行った軽井沢でのコトをもうひとつ
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今回の内容は建築とは離れて、美味しいものをいくつか食べたという話

まずはピザ、プリモというお店でマルゲリータをいただきました

結構有名なお店みたいで店内はかなりのお客さんでにぎわっていました

お店は木造と鉄骨の混構造の様で、少し変化をつけた造りです

今回は食べ物の話なので、あえて建築写真はカットです

ピザの味はとても美味しく、客が行列をつくるのもわかる気がしました

パスタも美味しくいただいたのですが

パスタよりピザかな って言うといけませんが、そんな印象でした

それだけピザが美味しかったということですね
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それともうひとつは 朝食に行ったお店

お店の名前はキャボットコーヴ

そこで2日、朝食を食べたのですがその中のモーニングセットに

ポップオーバーという見慣れないパンがなかなか新鮮でした

やわらかく華奢な感じでとても美味しかったです

写真の中では手前のホットミルクの右奥にあるパンですね

お店も静かなロケーションにあり

別荘にきて美味しい朝食をゆっくりと食べているような
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そんな気分に少しの間だけ浸るコトができ、いい時間を過ごす事ができました

今回 少し食べ物の内容を書いてみたのですが

やはり慣れないコトは難しいですね アウェイな感じで・・・

小学生の絵日記みたいになってしまいました
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by m-arch | 2010-05-26 19:15

軽井沢

今年のゴールデンウィークは晴れ続きでまさに行楽日和でした
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私は前半に3日間 軽井沢に行ってきました

まだ避暑というには早い時期ですが

行ってみると気持ちのいい散策ができ、楽しめました

名古屋から軽井沢に行くには車で5時間程度かかります

せめて3日間は行かないとつらい旅行になってしまいそうです

私が軽井沢で一番楽しみなのは別荘地を散策するコトなのです

ただ軽井沢の木々の間を、ゆっくりと別荘を見ながら散策するのが楽しいのです

別荘にも色々あり 上手に造ってあるモノから奇抜なモノ、残念なモノまで・・・

もちろんそれら別荘の写真など載せられませんが 色々と刺激になります

別荘という建築物だけの話ではなく あくまで軽井沢の自然とどう向き合っているのか

建築行為自体が自然破壊である という事実からは逃れられないのです
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そんなあり様を主題として向き合わなければならないのが別荘だと感じます

そんな自然や生活との向き合い方という点では

住宅地に建築するよりもずっと難解でしょう

そんな十字架を背負って設計行為をしているモノと、そうでないモノ

軽井沢の別荘地 あのような場所で設計行為をするとき

その十字架はどのような重みなのでしょうか・・・
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by m-arch | 2010-05-18 23:58

コーヒー

仕事中にホッと一息

そうした時にコーヒーを一杯飲んでいたりします

近所にコーヒーを生豆から売っているお店があり、そこで焙煎してもらっています

その場で焙煎してもらうのでとても新鮮です

そんな豆をミルでガリガリ、フィルターを通して飲んでみると、とても美味しいものです

産地によっても味のバランスが変化してとても趣味性の高い飲み物だと感じます

とはいえ、私の場合そんな微妙な違いを楽しめるような通ではないのですが

そんなコトを楽しんで一息つくのがなかなか気に入っています

とはいえ、平日の昼間にミルなど挽いてはいられないので
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仕事用のモノは豆をすでに挽いてもらって粉になっているものを購入しています

コーヒーは味を楽しむだけではなく

その抽出する過程や付けるお菓子の種類、そして飲むための食器など

楽しむ引き出しが色々とあり、そんなコトを楽しみながら

ホッと一息 ちょっといい時間です

インスタントのコーヒーを紙コップで飲んでも、手間がそれほど変わらないなら

こんな楽しみもいいのでは?なんて思います

ちなみに写真のカップはフィンランドのアラビア社の70年代のモノです

女性的なデザインで 口当たりが華奢な線の細い 印象を受けるカップです

こんなコト書いていますが、現場では缶コーヒーなんです
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by m-arch | 2010-05-11 20:59

クサイ話とココロの変化

前回のクサイ話の続きですが

ヒトにとってかなり追い込まれた状況 そんな時そのヒトにとって自宅とは

社会と自分の違いを、より感じるコトができる状況なのではないのでしょうか

そしてそれを無意識にココロが感じ取っているのではないのでしょうか
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だからこそ最後の曲がり角で ココロが自分自身である自宅を見出し安心してしまうのでは

玄関が見えてきたコトによって 社会から自分自身である自宅へとココロが変わっていくのでは

そうやってココロは自宅へと帰っていくにつれて 無意識に気持ちを変えていく

そんなココロの安心感と反比例して体は追い込まれていく・・・

そんな状況での安心感はまだ早く 維持したいのは緊張感なのです

そう思った私はずっと前から そんな状況になったときは自分に言い聞かせる様に

「まだ家についてもすぐにはトイレには行けない」「その前にやらなくてはいけないコトがある」

そう思いながら帰ってきます

そうやって一生懸命 自分に言い聞かせて帰ってくるとギリギリの状況は緩和していきました

こんな方法が正しい対処法かはわかりませんが

書きたかったのは対処法ではなくて 大切なココロの動き・・・

普段はわかりにくいですが ココロが自宅をどう感じているか

ヒトにとって無意識の中でのココロの抑揚

設計者にとって非常に大切な部分が少し理解できた様に思います

そんなコトのためのクサイ話でした
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by m-arch | 2010-05-06 19:16